『シルバーバーチの霊訓』に学び価値ある人生を歩む

このブログは「東京スピリチュアリズムサークル」の読書会に毎月参加して、そこでの学習内容をアップしたものです

思念の現実化について

3月読書会では今期、2度目の「語る」の練習が終わりました。「語る」の発表のために参加者は、レジメやパネル作りに奔走され、日々語る練習に心血を注がれてきたと思います。その成果は発表当日の発表内容の濃さ、表現の豊かさで聞く人の心を虜にしました。まさにこれから霊界の道具として役立ちたいとの思いがいっぱいに込められた発表だったと思います。この企画はもちろん伝道に役立てるためです。今回発表を見送られた新参の方は次回の機会のために真理を引き続き学ばれていきますが、新参者といっても読書会とご縁を得る前にかなりの霊訓を読んでいる方ばかりです。それ相当の力を持っていることは霊界の導きによって証明されています。次回の「語る」の発表が楽しみです。

 こうして読書会を訪れて学びに参加されるということは、真理をかなり理解された上での道具意識の強さを表しています。今回の読書会で学んだシルバーバーチの言葉があります。「真理の理解を深めるごとに霊界からの影響力が増してくる」・・・道具を目指す者の魂を喚起し燃え上がらせる最高の言葉です。読書会参加者は道具意識への思念も強烈と思います。人間は思考が発端で思念が強まり、それが行動に移すことになります。思念の強さが現実化することになります。今回のブログは「思念の現実化」について書きたいと思います。

 10年ほど前、私は思念が現実化する現象を体験しました。テレビ番組で放送された内容に疑問を抱きながらも私自身が試してみたことです。——正座をして心を落ち着けて深呼吸を数回し、その後目を閉じて10秒位瞑想します。そして正座のまま人差し指をだけを立てて、人差し指で天を貫く思いでその腕を天に向けて突き刺します。人差し指に思念の思いのたけを集中して、天に向かう人差し指を凝視しながら「人差し指伸びろ、伸びろ、伸びろ・・・」と10秒位渾身の思いを込めて祈るのです。そして一気に気を抜いて間髪を入れずに正座の膝の上に両手を並べて人差し指の長さを比べました。念じた方の人差し指が別の手の人差し指より4~5センチ長くなっていました。私自身にその力はありませんので、当然霊界の影響があったものと思います。

 数秒後に元の長さに戻りましたが、比べた瞬間は本当にビックリしました。そして思念は現実化するということを自ら実現させ証明させてしまったこと、確信が得られたことに、私の後の生き方を変えるのに自信を持つことができました。霊は物質に優り、霊こそが思考を生み出し、その内容によって人間性を高めていくことも低めることもできるのです。私には多くの心霊体験があり、この思念の現実化の証明も他の霊的なことのすべて、シルバーバーチの霊訓が証明してくれていました。当然私は「シルバーバーチの霊訓」を人生の指針とし価値ある人生を歩むことに何の躊躇もなく突き進むことができました。真理を自分のものにしたいと強く思えば行動に表れ学び、自分のものになります。道具になりたいと祈念すれば道具としての行為に表れます。

 言動は思念から生まれます。善い思念は善い言動として、悪い思念は悪い言動として現れます。思念の内容によって魂の成長として現れる場合、あるいは病気や精神的苦しみとして現れることもあります。怒り・恨み・嫉妬という感情は相手を傷つけるとともに自分の霊性をも汚します。また人間は霊的存在である以上、善い思念は高級霊界につながり高級霊の援助が得られます。悪い思念は低級界とつながり低級霊の障りを受けます。それが摂理だと思います。人間は霊として物質の世界で生きています。肉体に覆われて思考は見えませんが、すべての思考も万物も神の摂理の支配によって管理統制されています。人間は摂理から誰も逃れることはできません。とすれば人間はおのずとどのような生き方がベストか、得なのか、が分かります。

 スピリチュアリストは恵まれました。永遠の進化向上の道を知っているからです。この世で霊的真理を実践努力した分、真の救いである霊的成長が叶うことを知っているからです。「霊界の道具として生きることは最も価値ある生き方です」・・・これもシルバーバーチの言葉です。スピリチュアリストは皆、強い道具意識を持って真理を実践し魂を磨いています。道具意識を持ち続けているゆえに読書会とのご縁を得、「語るの練習」という行動に結びついていると思います。そして思念が強い分、霊界の強い影響力を受けて確実に道具の道を歩んでいます。「霊的真理を説き聞かせることは神の愛を注ぐこと」というシルバーバーチの言葉通り、道具として奉仕の道を歩めることを誇りに思い、同志とともに利他愛を実践してまいりたいと思います。

 ——シルバーバーチの言葉——

「霊的真理を説き聞かせることは、神の愛を注ぐことです。その愛が魂の琴線にふれると、まず精神の視野が開けて人生観が変わり、あなた方が説く霊的知識のかけがえのない価値に気付くようになります。」(新たなる啓示)

「あなた方としては、1人ひとりが、できうる範囲内で霊的知識を広めることを心がければよろしい。自分自身が光明を見出したように、今度は、誰か自分以外のたった1人に光明を見出させてあげることができたら、それだけでこの地上生活は有意義だったことになるのです。」(新たなる啓示)

「ここに集まっている皆さんは、教義の牢獄から脱したことを喜んでください。そして、喜ぶだけでなく、今なお隷属状態にある人々を解放してあげるために努力してください。」(教え上)

「霊的真理を1つでも多く理解していくことが、あなた方の魂と霊的身体を霊界からのエネルギーを受けやすい体質にしていきます。これは地上と霊界を結ぶ磁気的な絆なのです。」(霊訓1)

*なおこれらの掲載についてはスピリチュアリズム普及会の許可を得ています。

霊訓を受け入れる時期

私は50代半ばで霊訓と出会いました。そしてシルバーバーチの言葉に惹かれ夢中で霊訓を学ぶようになりました。霊訓を目にして気に掛ける人と無関心の人がいます。その差は何でしょう。私は高齢者です。当然高齢者同士の付き合いが多くなります。誰もが長い人生を生きている間には、大変な苦労心労があったはずです。命にかかわる病気をしたり、経済的困窮に陥ったり、人間関係で裏切られたり、死にたいと思うことは1度や2度はあったと思います。そういう人生の中で「人間はなぜこんな苦しい世界に生まれてくるのか」「人間は死んだらどうなるのか」「あの世はあるのか」と疑問を抱く人と、何も考えない人がいます。その差はどこで別れるのでしょう。

 考える人は知りたいとの欲求によって本屋や他の宗教を探し回ります。そして霊訓と出会った時(実は偶然に出会うのではなく霊界の導きがあるのです)、感動を覚え、霊的に目覚めるキッカケになるのです。時期がきていれば夢中になって霊訓を学びます。そして更なる向上を願って、ネットを調べて読書会に導かれることになります。すべては霊界の導きであり配慮があったのです。しかし人生について深く考えない人が多いということは、大して苦労がなかったのでしょうか。知り合った人の話を聞くと、何度かの大きな手術を乗り越えたり、伴侶のDVから逃げてきた人、いまだに生活に支障をきたす難病を患ったり、家族に障害者がいたり、大変な苦しい人生が聞かれます。聞く側の私が苦しくなるくらいです。

 去年は伝道を意識した年でした。私は高齢者が何の備えもなく無知のまま次の霊界に渡るのが不憫でなりません。親しくなった数人に、救われるチャンスと思って「シルバーバーチの霊訓」の存在を、あるいは「人生について」「死について」「死後の世界について」話すことがありました。また私のブログを教えることもありました。殆どの人が一旦は興味を示し、話を聞いてくれたりブログを読んでくれたりしましたが、「良い話を聞いた」あるいは「信じられない」と思うだけでそれ以上の関知は望みません。なぜもっと知りたいと思わないのか不思議でした。ずっと考えていました。そしてやっと分かった気がします。

 皆長い人生の中での大変な苦労があっても、誰かがお世話してくれたり、相談に乗ってくれたり、頼れる人が傍にいたのです。また宗教に依存することで心が軽くなるのです。そのため魂の琴線に触れるところまで落ちることがなかったのです。幸いにというか、霊的には残念なことにどん底を経験する前に精神(心)が物質的次元で救われてしまったのです。その人は大変な苦労の人生だったと思っていても、霊的次元でのどん底まで落ちなかった・・それが人生の究極の探求心の芽を摘んでしまったのだと思います。そもそも宗教教義は間違いだらけであり、深刻な魂の病を引き起こします。そういう人たちは地上人生を台無しにし、霊的無知のまま次の世界へ赴くことになります。そういう意味でどん底まで落ちなかった人を気の毒に思います。

 地上人生において不幸のどん底を経験することは霊的覚醒に至るキッカケの一つです。大病にて、あるいは大事故で危篤状態に陥った時、昏睡状態になった時、誰もがその人間の精神(心)に関与することができません。本人の肉体能力は失っています。体力が落ちた時に霊能力が表面に表れ心霊体験をすることがあります。心霊体験は霊的なことに確信を持てる最大のチャンスです。この世的には不幸現象でも霊的には霊的成長の道に踏み入るチャンスを得たことになります。アメリカの脳神経外科医エべン・アレグザンダー氏は多くの患者の心霊体験を聞いて‶脳の錯覚“と思っていたことが、自ら大病を患い危篤になり昏睡状態に陥ります。そして幽体離脱体験をすることになるのです。氏は確信を得た霊的事実について本を書き、各地を講演して回ることになります。(プルーフ・オブ・ヘブン早川書房出版)要するに魂の窓が開くには並みの辛苦では達成できないことを証明しています。

 半面、若くして人生の半分に満たないうちに霊訓を手にする人もいます。しかし若くして霊訓にたどり着けたとしても、この世ならではの試練は当然あります。そういう人たちは前世の経験があと一歩で霊訓にたどり着けるまでの深いものだったのだろうと思います。そしてこの世で霊訓にたどり着くまでのあと一歩を、今世の試練によって達成することになったのだと思います。地上人生における苦難が魂の目を開く起爆剤になるのです。苦難の乗り越え方が霊的目覚めに繋がるかどうか、それが重要であることが分かります。前世・今世を通してすべての人に霊的覚醒のチャンスが訪れますが、霊訓を手にする人はほんの一部の人、時期のきた人に限られるということです。その現実を目の当たりにして、伝道に対する焦りを止めることができました。でも「シルバーバーチの霊訓」という重要題名だけは記憶に残って欲しいとの思いで、必ず手紙の中に記し、あるいはブログの題名「シルバーバーチの霊訓に学び価値ある人生を歩む」をお教えしています。

 また、この世の老若年齢で霊的成長度は測れません。霊的年齢は見た目では分からないということです。読書会の参加者の感想を聞いていても素晴らしく、全てのスピリチュアリストに対してレベルの高さを感じています。その中に私もいられることに感激と感謝の思いでいっぱいになります。「霊界の道具として生きることは、最も価値ある生き方です」というシルバーバーチの言葉があります。また「もっともっと多くの人材——これが私たちの大きな叫びです。いつでも自我を滅却し、犠牲を払う用意のできた、勇気と熱意と誠実さにあふれた男女が欲しいのです」とも言っています。読書会に導かれた人たちは霊界によって選ばれた人たちです。同志とともに道具の資質に磨きをかけて、ハイレベルスピリチュアリスト目指し、霊界の願いに応えてまいりたいと思います。

 *なおこれらの掲載にあたってはスピリチュアリズム普及会の許可を得ています。

免疫力をつけてコロナ禍を乗り切りましょう

皆様、新年あけましておめでとうございます。新年を迎えましてもコロナ感染はいっこうに収束の気配をみせません。それどころか幾つかの変異種発生により、より感染の危険性・重症化が懸念されています。地上人生は永遠の進化向上の出発点です。物質界ならではの試練による霊的成長のための大事な一時期です。どうか免疫力を高めてウイルスを寄せ付けず、最高に価値ある人生を歩まれますよう祈念いたします。またコロナ禍にあたりマスク着用・手洗い・3蜜を避けることは必須です。高齢に至った私も折角の残りの人生を無駄にしないよう、道具の資質を磨いてまいりたいと思います。今年もよろしくお願いいたします。

 スピリチュアリズムでは、「人間を構成する要素(霊・霊の心・霊体・本能・肉体)が全体的にバランスがとれているとき、人間は神と宇宙の摂理に一致し、本来あるべき最も自然な調和状態を維持し、健康を保つことができる」とします。「霊」は人間の本体我・真の自我であり、人間の構成要素の最も高次の部分です。宇宙に充満する霊的エネルギーが「霊」に取り込まれると、「霊」は霊的エネルギーによって充電され活性化するようになります。次に、その霊的エネルギーは下位の構成要素である「霊の心(霊的意識)」や「霊体」に流れ込み、それらのエネルギーレベルをアップさせることになります。さらに霊的エネルギーは「本能」「肉体」へとステップダウンし、肉体次元のエネルギーレベルをアップさせ活性化させます。

 霊的エネルギーは上位要素→下位要素へと流れますが、更にそれに対し、下位要素→上位要素への逆のエネルギーの流れもわずかではあります。しかし常に上位要素→下位要素の流れの方が大きいときに両者のバランスがとれ、宇宙の自然と調和状態に置かれることになります。流れの大きさが逆のときは、両者のバランスは崩れ、霊体と肉体がともに不自然な状態に置かれ、異常が発生するようになります。霊的エネルギーのステップダウンが正常(霊的エネルギー循環システムが正常に作動)に行われるなら、神が与えてくれた肉体維持のためのさまざまなシステム(ホメオスタシス・免疫システム・自然治癒システム)が健全に機能するようになるのです。それがスピルチュアル・ヒーリングの健康観の核心部分です。

 現代医学では、病気と言えば目に見える肉体の異常だけを指していますが、スピリチュアル・ヒーリングでは、上位の身体構成要素(霊・霊的意識・霊体)レベルでの異常さが、結果として肉体に現れたものと考えます。肉体の異常に先立って上位レベルでは、すでに異常が発生しているということです。そうした上位の霊的要素を健全に機能させるには、常に一定量の「霊的エネルギー」が必要となります。しかし現実には、大半の人々は霊的エネルギーを取り入れられなくなり、霊的エネルギーの枯渇状態を引き起こしています。その原因は、人々が物質主義一色に染まり、物質的な利益や本能的な快楽にしか関心を向けなくなっているためです。また現代社会を支配する物質文明から派生する不安感や恐怖・ストレスも、霊的エネルギーを取り入れる通路を閉ざしています。霊的存在として造られている人間にとって、霊的エネルギーの摂取は、毎日の食事のように不可欠なものなのです。祈りや瞑想は、霊的エネルギーを取り入れるための効果的な方法です。

 スピリチュアリズムでは、霊的エネルギーの取り入れ口を比喩的に「魂の窓」と表現します。物質主義に翻弄されている大半の現代人は、自らの「魂の窓」を閉ざし、エネルギーを枯渇させ、身体全体をアンバランス・不調和状態に貶めています。更に霊的エネルギーの取り入れについては、個人の努力の範囲を超えた大きな要因があります。その最たるものに「霊性(霊的成長)レベル」と「カルマ」があり、それが霊的エネルギーの基本的摂取能力を決定するのです。「魂の窓」の開いた人は、物質中心的な考え方をせず、常に霊的価値観にそった判断の仕方をし、自然と霊的世界を指向するようになります。そして意識的に祈りや瞑想・霊主肉従の努力をするようになります。「魂の窓」が開いている人は、少しの努力で多くの霊的エネルギーを取り入れることができる宝を持っているということなのです。スピリチュアリズムでは、誠実で忍耐強い「霊主肉従の努力」と純粋な「利他愛の実践」によって、少しずつ霊的成長がなされていくものとします。この二つの正しい努力によって、生まれつきの霊的成長レベルを引き上げることが可能になるのです。

 物質次元では正しい「食・運動・休養」の努力も必要となります。添加物や毒素の入った加工品を食し、運動もなく、仕事に追われ休養もままならない毎日を過ごしていて、健康を切望しても願い通りにはなりません。「食・運動・休養」も突き詰めて考えると、いずれも「霊的・精神的要因」によって支配されていることが分かります。そこで健康に与える影響の比率が「霊4:食2:運動2:休養2」となり、そのいずれも欠かしては、健康は望めないということになります。スピリチュアリズムの最終目的である‶地上天国化・神を共通の親とする霊的同胞社会″は、スピリチュアリストの存在なくしては実現しません。スピリチュアリストには3段階あります。心霊現象レベル・知識レベル・実践信仰レベルです。当然道具としては、実践信仰レベルに至ってこそ最高に役立つということです。スピリチュアリストには理想である実践信仰レベルに向けて、努力を続けることが求められています。

*詳しくは「スピリチュアリズムの健康観」、「スピリチュアル・ヒーリングとホリスティック医学」を参照されて下さい。

 ——シルバーバーチの言葉——

「病気・不快・異常の原因は調和の欠如にあります。健康とは全体の調和が取れている状態のことです。身体と精神と霊との間に正しいリズムとバランスが取れていることです。三者の連繋がうまくいっていない時、どこかに焦点の狂いが生じている時、自然の生命力の流れが阻害されている時に病的症状がでるのです。霊力が流れず、本来の機能を果たしていないからです。」(シルバーバーチ

*なおこれらの引用にあたってはスピリチュアリズム普及会の許可を得ています。

伝道を意識した一年

一年間ブログを読んでくださった皆様、ありがとうございました。星を付けて応援してくださった方、コメントをくださった方、メールで励ましてくださった方、心より感謝致します。新年もよろしくお願い致します。今年度最終の読書会では、参加者全員が一年を振り返っての感想を発表しました。さすがに霊訓に惹かれ真剣に学んでこられた方の感想だと思いました。霊的エネルギーに満たされた栄光あるこの場所に集まった人達は、霊界が選び霊界に導かれたスピリチュアリストばかりです。その末端に私もいられることに感謝の思いでいっぱいです。コロナ禍の難しい状況にもかかわらず読書会が開かれるのは、利他愛にあふれた主催者の熱意のおかげです。東京会場と埼玉会場とオンラインでの参加者と、私が初めて読書会にご縁があった時と比べると霊的光の拠点が拡大し、スピリチュアリストも増えています。そこには当然霊界の強力な働きかけがあったと思います。霊界人の喜びの声が聞こえてくるような充実した雰囲気でした。

 私のこの一年間は伝道を意識した年でした。私には多くの心霊体験があり、真理を理解するごとにその体験の裏付けがなされ知識に確信を持てるようになると、増々真理の勉強が面白くなりました。学力がなくても読書会に参加し、読み・書くことを続けていくと確実に知識に対する自信が増していきます。自信が付いてくると、他人様に伝えたいという意欲が頭をもたげ、ジッとしていられなくなります。会う友達・行き交う人達・あの人この人にも真理を伝え、人間の本当の幸せというものを知って欲しいと思う欲求が強くなっていきます。特に今年はコロナ感染の犠牲者が多く、伝道に焦りを感じていたこともあります。

 他人様が病気で苦しんでいる姿、体を揺らしてやっと歩いている姿、貧困に悩む姿、家族の不幸に手をこまねいている姿、他人様の不幸が気になっていると自分のことを考える余裕がありません。真理の理解を深めるごとに、また同胞への奉仕を意識するごとに自分の悩み苦しみには鈍感になっていくということです。振り返ってみると自分のことで誰かに相談を持ち掛けたことがこの何年もなかったことに気づきます。自分のことで苦しまず伝道に人生を捧げられることは、スピリチュアリストだけの醍醐味と思います。(最も苦難の程度にもよりますし、自分の家族やペットが病気のときはそれに集中し介護することも利他愛の実践と思います。)

 伝道のチャンスは、時期のきた人との出会いです。ここは辛いところですが時期のきた人との出会いを待つしかありません。大抵の人はこの貴重な知識を聞いても「良いことを聞いた」と思うだけでそれ以上の関知は望みません。時期がきていればもっと知りたいとの欲求が生まれてくるはずです。そういう意味で大抵の伝道は中途半端で失敗に終わります。‶真理を知れば地上人生を無駄にすることなく価値ある生き方ができるのに、次の霊界に渡る準備が整うのに、本当の幸福に至るレールに乗ることができるのに・・・″このように無念の思いになります。

 シルバーバーチは「真理をその人の足元にそっと置いてあげるだけでよい。そのあとはその人の責任である」と言っています。また「霊に関わることは早く片付けるということが不可能なのです。それ以上はその人が一日も早く時期の来ることを祈りつつ次の仕事に移すことです」とも言っています。その言葉で私の責任の範囲を知ります。それで私の気持ちはラクになり、待つのが長くなっても落ち着いて待つことができるようになりました。できることなら、地上人生を間もなく終えそうな高齢者全員に、この世にいるうちに真理を手にして準備を整えていて欲しいとの思いでいっぱいです。

 シルバーバーチ普及会の最新のインフォメーションに、アインシュタインが通信霊として交霊会が催されていることが掲載されていました。通信霊の身元証明が為された以上、交霊会は本物と確信でき、ひいては普及会そのものの信用性を確信します。日本は普及会を中心に霊界主導の大計画の先導国になっていることだと思います。地上の霊的同胞世界実現のため多くの道具が必要とされています。シルバーバーチは「地上の道具がなくては、われわれは何もなし得ない」と言っています。知識を獲得するだけでなく、知識を生活に活かし、道具としての資質を磨いて「どうぞ私をお使いください」と言えるようになっていたいと思います。

 ——シルバーバーチの言葉——

「案ずることはありません。あなた方は自分なりの最善を尽くせばよいのです。もうこれ以上はできないというところまで努力したら、それ以上はムキにならず、あとは私たちに任せる気持ちにおなりなさい。人間は自分にできるかぎりの努力をしていればよいのです。それ以上のことは要求しません。」(霊訓9)

「しかし忘れないでいただきたいのは、皆さん方のような地上での道具がなくては、私たちも何も為し得ないということです。皆さんは私たちに戦いのための武具を供給してくださっているようなものなのです。皆さんの力をお借りする以外に、地上には頼りにすべき手だてが何もないのです。

その道具が多すぎて困るということは決してありません。こちらの世界では、使用に耐えられる人物の出現を今か今かと待ちうけている霊がいくらでもいるのです。私たちの方から皆さんを待ち望んでいるのです。皆さんが私たちを待ち望んでいるのではありません。(中略)

もっともっと多くの人材——これが私たちの大きな叫びです。いつでも自我を滅却する用意のできた、勇気と誠意と率直さにあふれた男女——霊力がふんだんに地上世界へ降下して人生を大霊の意図された通りに豊かさと美しさと光輝にあふれたものにするためなら、いかなる犠牲も厭わない人材がほしいのです。」(道しるべ)

 *これらの掲載についてはスピリチュアリズム普及会の許可を得ています。

心霊体験(その2)

2020年1月に精神的心霊現象のひとつである幽体離脱体験を掲載しました。今月は‶その2″を掲載します。私の体験を書くことで、霊的なことに疑念を抱いている人が、疑念の氷が少しでも溶けてくださることを祈ります。そして一層の霊的真実を追求してくださることを希望致します。

 まだ霊訓と出会う前のことです。埼玉に移住する前、雪国に住んでいた時のことです。私は、傍で人の気配を感じながら本を読むのが好きでした。それで行きつけのカフェでコーヒーを飲みながら本を読んでいました。何気なくいつもの疑問が心を占めてくると本の字が虚ろになってきました。‶人間はなぜこの世に生まれてくるのだろう。どうせいつかは死ぬものをなぜわざわざ苦労しなければならないのか。人間は死んだらどうなっていくのか。霊界など本当にあるのだろうか。″そんなことを考えていました。周りの人達の気配などもはや何も感じない無音の状態の中で、一人悶々と自問自答を繰り返していました。

 すると突然目の前が真っ暗闇に包まれ、その中で2つの穴から覗いている自分に気が付きました。向こうには数人の客達が見えました。ビックリするとともに恐怖に襲われました。そしてなぜか  ‶しまった、肉の塊に閉じ込められてしまった。どうしよう、肉の塊から出られない、怖い、助けて・・・″  その間10秒だったか20秒だったでしょうか。その後スーと恐怖感が抜けて普通の自分に戻りました。周りの客達は私の内的異変に気付く人は誰もいません。私は‶今のは何だったのだろう″と不思議に思い、その余韻にしばらくボーとしていました。

 その体験の数年前に夫の母親が80歳で亡くなりました。まだ義母に意識のあるうち私は夫の兄弟姉妹と病院で義母に付き添い、命が消えそうな姿を見守っていました。そして夫が仕事を急遽切り上げて病院に駆けつけてくると、私は夫と交代して家に戻り、まだ幼い子供達にご飯を食べさせ、風呂に入れて寝かしつけました。私は子供達の傍で眠れず、それでも時々ウトウトしていた時、病院にいるはずの義母が寝室に入ってくるのが分かりました。姿は見えないのにハッキリと存在が分かったのです。そして義母は私にハッキリ言葉を言いました。そしてすぐ去って行きました。私は‶お義母さん待って、待って・・・″と言葉にならない言葉で懸命に引き留めようとしましたが義母は行ってしまいました。その時点で私は義母が亡くなったのを悟ったのです。義母はこの世を去る前、何としても私にその言葉を言いたかったのだと思います。

 カフェでの出来事から1年後に「シルバーバーチの霊訓」と出会うことになります。いくつもの心霊体験が「霊訓」で証明され、霊的真実を確信するに至りました。「霊訓」の内容はすべて得心がいくものでした。これまでの霊的なことに対する疑念はすべて払拭され明白になったと思います。この二つの心霊体験と幽体離脱体験から「人間は肉体だけの存在ではなく、死後は肉体を捨て霊体で生き続けること」「地上人はインスピレーションによって霊界人と交流ができること」「人間は元々霊界の住人であり、霊界から地上に生まれてきたということ」これらのことが想像でき、信じることができるのです。

 また私はボーとしている時、空中に無数の銀色の光が舞っているのが見えるようになっていました。体調不良続きの私は、いよいよ目もおかしくなったかと思いましたが、じき死ぬのなら目がどうなろうとどうでもよかった。しかしその後、それが妖精といわれる霊的存在であることは「霊訓」で知ることになります。無数の光はそれぞれに意識があるかのように別々の動きをしています。息を吹きかけても動きが乱されることはありません。人間が移動すると周りの景色は後ろに流れていきますが、その光は私が前進しても後ろに流れることなく面前で舞い続けています。まるで私の前進がその場で足踏みしているような感じです。

 また手から放射されるオーラが見えます。さまざまな色がありますがどれも透き通っていて輝いています。ネガティブな性格や感情(恨み・嫉妬・恐怖心等)のオーラは濁った色になり、透き通った純粋な色はポジティブ(同情心・寛容心・前向きな心等)な感情の表れと思います。活きの良い生命力のある花は、ピンクの花はピンクのオーラを、赤い花は赤のオーラを放っています。それはそれはきれいで大きなオーラを放っています。オーラを読む力は私にありませんが、霊界人は地上人のオーラで性格・霊性を判断しますので、私は出来るだけネガティブな感情を持たないようにしています。真理の理解が深まるとともにネガティブな感情は薄まっていきますが、物質世界にいる以上大変な試練です。

 私は霊的事実には確信を持っています。天使も妖精の存在も信じることができます。生命あるものはすべてオーラを放っていることを信じています。霊界人はオーラで地上人の性質を読み取ることを理解しています。霊的体験があるゆえに私は「霊訓」だけが霊的真実を語っていると断言することができます。それからは「霊訓」を学ぶことに夢中になり、確信を深めることになったのは言うまでもありません。このブログが霊的なことに、いまいち納得がいかない人のために少しでもお役に立てるなら幸せに思います。それでも拒否してくれても構いません。地上の宗教はこれらの霊的真実をビックリするくらい分かっていません。霊的無知は人間にとって最も重要な霊的成長の道を閉ざしてしまいます。

 心霊現象の目的は霊的事実を証明することです。その事実に基づいて霊界最奥の神秘を披露し、この地上に霊的同胞社会を実現させるという壮大な計画があります。シルバーバーチはその実現のために多くの道具が欲しいと言っています。私は我先に手を挙げたいと思います。

*なおこれらの掲載にあたってはスピリチュアリズム普及会の許可を得ています。

宗教の観点から見たスピリチュアリズムの全体像 その2

キリっと身の引き締まる冷たさを伴って新鮮な空気を漂わせた早朝、初めて寄せ植えをしたプランターが八種類の小さい花々を咲かせています。これも神様が造られた命です。摂理に従ってそれぞれの形に色を添えて可愛さを競っています。このベランダの向かいには杉並木があり、その合間から紅葉した桜が見えます。春の桜が楽しみです。

 (*10月読書会学習内容です)

スピリチュアリズムによる宗教革命とは、霊的真理の普及によって、地球上のすべての宗教を霊界の宗教に置き換えようとする、大変革の事です。真の宗教とは「神」と「神の摂理」を信仰対象とします。イエスは信仰対象ではなく、地上人の正しい生き方のお手本とすべきです。正しい生き方とは霊的成長を目的とし、摂理に一致した日常生活を送ることです。その摂理には「霊優位(霊主肉従)の摂理」「利他性の摂理」「カルマの摂理」が存在し、その中で「利他性の摂理」が最も重要となっています。霊的成長のための実践項目とは、それぞれ「霊主肉従の努力」「苦しみの甘受」「利他愛の実践」です。これらが霊的成長を促すための宗教の教義とされなければなりません。霊的コントロールによって霊主肉従となり、苦難を乗り越え、利他愛で生きること、これこそが真の宗教です。その点でこれまでの宗教は、霊的無知のため正しい神観を持てずすべて失格です。

 シルバーバーチは「サービスに優る宗教はない」と教えてくれています。それは見返りを求めない純粋な無償の奉仕を示しています。地上の宗教での他力救済的生き方では霊的成長は望めません。自らが多くの苦難の体験を通して、魂を磨いていく自力救済的生き方こそが神の分霊(ミニチュアの神)を顕現させていくことになり、神に近づいていくことであり、幸福へ至るためのプロセスなのです。宗教とは本来、人類の霊的成長を促すものでなければなりません。それに反するものはすべて間違いであり、害以外の何ものでもありません。一人一人の霊的成長が拡大することでスピリチュアリズムの最終目的である霊的同胞社会が確立されていきます。

 地球上の宗教を一掃し、霊界の宗教を地上に確立することが宗教革命であり、これまでの革命とは次元が異なります。宗教革命であれ、社会革命であれこれまでは武力闘争・流血が付きものでした。スピリチュアリズムの宗教革命による武器は「霊的真理」であり、流血とは無縁です。霊界から地上に真理をもたらすところから始まり、時期のきた人が真理を受け入れ、それが長い年月をかけて地上に真理が浸透していきます。それに伴って地上の宗教は徐々に消滅していく・・・それがスピリチュアリズムの宗教革命です。根本からの大変革には何百年~千年の時間をかけて確実に進展していきます。その時こそ人々は霊的牢獄から解放され霊的自由となります。

 シルバーバーチは宗教革命を‶魂の革命″と呼び、それは必ず成功すると言っています。すべては霊的真理を知り理解を深めた地上のスピリチュアリストにかかっています。スピリチュアリストは地上の道具として重要な位置にあり責任があります。完璧な道具になるほど、また、その道具が増えるほど霊力が強まり、宗教革命達成が早まることになります。シルバーバーチは「もっと多くの道具・多くの人材が欲しい。地上の道具がなくては何もなし得ない」と言っています。スピリチュアリストは道を切り開く立場にあります。霊界人の手足となって献身的に働く多くの道具が望まれています。スピリチュアリズムは地上に真の幸せをもたらすための宗教革命です。それは地上の宗教を霊界の宗教に置き換えることであり、これこそがスピリチュアリズム(超宗教)なのです。人類の幸せのため一身を捧げ高級霊の道具として働けることは、価値ある人生を歩むことになります。

 ——シルバーバーチの言葉——

「私たちが忠誠を尽くすのは、一つの教義ではなく、一冊の書物でもなく、一つの建造物でもなく、生命の大霊とその永遠なる摂理です。」(教え上)

「宗教とはサービスです。これはもう何度繰り返したか分からないほど、何度も申し上げています。サービスに優る宗教はありません。サービスは霊の通貨です。分け隔てなく、すべての人に、愛と慈しみの心で臨むことができれば、あなたは最高の意味において、‶宗教的な″人間であると言えます。最高の神性を顕現しているからです。元来は、それが全宗教の基盤であらねばならないのです。」(啓示)

「私たちは常に霊的真理の宗教的意義を示そうと努めています。なぜなら地上人類がその霊的な重要性を認識すれば、戦争や流血による革命よりも、はるかに大きな革命が生じるからです。それは‶魂の革命″と呼ぶべきものです。地上のすべての人間が霊的存在としての本来の権利——霊の自由を享受する権利を手にすることになります。そのときには何世紀にもわたって人々の魂の足かせとなってきたものが、すべて取り払われることでしょう。」(教え上)

「しかし間違いなく言えることは、新しい世界の種子がすでに地上界に根付いているということです。既得権力の座に安住している者たちがいかなる策を弄しても、それは功を奏さないでしょう。」(教え上)

「あなたは、今まさに崩れつつある世界に身を置いていることを自覚しなければなりません。新しい秩序による世界、真の意味での天国が到来する時代の幕開けを見ているのです。その誕生には、痛みと苦しみと涙がともなうことでしょう。しかし最後には、大霊を中心とした世界が築かれるようになります。あなた方一人ひとりが、その新しい世界を招来する手助けができるのです。なぜなら、すべての人間は大霊の分霊であり、大霊の仕事の一翼を担うことができるからです。」(教え下)

 *なおこれらの掲載についてはスピリチュアリズム普及会の許可を得ています。

宗教の観点から見たスピリチュアリズムの全体像 その1

9月、コロナ感染パンデミックの最中、又猛暑の中、私と娘夫婦は引越しに汗と体力を労しました。10年間は住む予定だった前のマンションは、家主の競売の関係で否応なく追い出されてしまった感じです。結局2年で転居になりました。引っ越すマンションは壁も床も畳も張り替えられ、キッチンと洗面台は新しい物に替えられ、ベランダも専門業者が掃除したと思われるほど綺麗になっていて、気持ちよく新生活をスタートできます。マンションの隣は和食レストランがあり、真向かいにはスーパーマーケットがあり、その両隣りには焼肉店(用はありませんが)と寿司店が並んでいます。駅にも近くなりました。そのマンションは一階が半地下になっており、我が家は2階ですが、中2階という形で階段が6段しかありません。老体の私には有難いことが多い環境の住処です。ここで時期のきた同胞と出会いたいと願っています。

 (*ここから9月度読書会の学習内容です)

宗教の観点から見たスピリチュアリズムの定義は、「霊界主導の人類史上、最大の宗教革命」「霊的真理による地球上、最大の宗教革命」です。7月読書会まで学習した救済の観点から見たスピリチュアリズムの定義も、「霊界主導」と「霊的真理」が基本であり絶対です。スピリチュアリズムによる宗教革命とは、「霊的真理の普及によって、地球上のすべての宗教を霊界の宗教に置き換えようとする、宗教の大変革」のことです。

 地球上の宗教は、霊的に見るとすべて失格です。霊的な知識は何も知らず、間違った教えを説くことで人々の魂を霊的牢獄に閉じ込め、宗教の目的である「霊的成長」をなおざりにしています。人間に幸せをもたらすものは霊的成長であり、それを妨げる教義は「魂の病」をもたらします。組織にとって都合のよい教えを説き、組織エゴを増大させ、戦争・紛争などの悲劇をもたらしています。宗教は本来、人々の心を一つにして幸せにするものです。地上の宗教は‶人類の敵″であり人類にとって存在しない方がよいということになります。

 霊界の宗教は、700億を超える霊界人全員が「唯一・共通の宗教」を信じています。「神」と神の造った「摂理」を信仰対象とし、すべての霊が神の摂理による支配を認識しています。摂理に一致した奉仕の生き方がそのまま信仰実践になっています。霊的成長に関わる摂理には「利他性の摂理」と「カルマの摂理(原因と結果の法則)」があり、「利他性の摂理」が最も重要となっています。地上の宗教のように宗教組織や宗教形式はなく、あらゆる点で地上の宗教とは正反対です。

 人類のほとんどは地上の何らかの宗教を信仰しています。スピリチュアリストの中にも『シルバーバーチの霊訓』と出会うまでは、教団に忠誠を尽くしてきた方がいることと思います。私も一生懸命教会に通い家庭の平和と家族の健康を祈り、布教とお布施に労力をつぎ込んできました。そして宗教同士、宗派同士の醜い争いに乗じて、自分の信仰が最高であると信じていました。しかし霊的無知である以上、どれほどの信仰心を持っていても魂の向上は望めないことが分かります。

 『シルバーバーチの霊訓』によって、宗教とは霊的成長を促す教えを説かなければならないことが分かりました。それには霊的真理の受け入れが必要であり、真理の正しい理解により正しい生き方を実践することで一人一人の霊的成長が叶います。それが拡大することでスピリチュアリズムの最終目的である霊的同胞世界が実現します。神の摂理(霊的真理)は物質至上主義で生きる地上人には厳しい規律ですが、その裏には人間の霊的成長を願う「神の愛」が存在します。

 人間の本質は神から与えられた「ミニチュアの神(神の分霊)」です。それを顕現させるには厳しい試練によって磨かれなければなりません。「霊主肉従の努力」「利他愛の実践」「苦しみの甘受」、これが霊的成長を目指す者の実践内容です。利他愛を実践するには先に「霊主」になっていることが必須条件です。霊主になってこそ最も重要な「利他愛の実践」が可能になります。霊界では肉体がないため「霊主肉従の努力」は当てはまりません。霊界人は互いに奉仕し合うことで、それがそのまま信仰実践になっています。霊界ではそれが常識であり、絶対忠誠を捧げるべきは「神」と神の造られた「摂理」であることをすべての霊が確信し実行しています。

 知識には責任がともないます。霊的真理の‶点の理解″でも‶部分的理解″でもなく、スピリチュアリズムの全体像を‶トータル的・統括的に理解し本質を見抜くことが必要″とされています。スピリチュアリストを自認する私は、霊界人の立場に立って全体を眺めるという霊的視野を身に付けて、霊界人の願い・イエスの願いをくみ取り、精一杯道具としてお役に立つ生き方をして価値ある人生を歩みたいと切に思います。

 ——シルバーバーチの言葉——

「宗教の教義(信条)による束縛は、地上界の悲劇の一つです。それは重い疫病よりも悪質で、肉体の病気の苦しみよりも、はるかに酷い苦痛をもたらします。なぜならそれは‶魂の病″を生み出し、霊に目隠しをしてしまうからです。」(教え上)

「地上には永い間、あまりにも多くの宗教が存在し、それぞれに異なる教えを説いてきました。しかし、それらの宗教が最も大切にしてきたものは、実際には何の価値もありません。(中略)いたずらに人類を分裂させ、障壁をつくり、国家間、さらには家族間にも、無用の争いを招いてきました。論争を引き起こし、混乱と不調和を助長することばかり行ってきました。神の子供たちを一つに結びつけることに失敗してきたのです。」(Silver Birch Anthology)

「私が非難しているのは‶組織″です。組織が真理への道を閉ざし、古い慣習を温存し、精気みなぎる霊力が顕現するための場所を奪い去っているからです。そんな教会に、どうして霊力が顕現できるでしょうか。」(教え上)

「教義は必ず魂の足かせになるということを忘れないでください。教義を重んじることで立派になれるのではありません。教義を無視しても立派になれるのです。キリスト教では教義の名のもとに、殺し合いと火刑を行ってきました。魂を縛るもの、魂を閉じ込めるもの、魂の自由な顕現を妨げるものは排除しなくてはなりません。」(教え上)

「私たちの前途には奉仕(サービス)の分野がいくらでも広がっています。私たちの行く手には、古い慣習を捨て、過去の信仰に頼らず、懐疑に耐え得る真理を求めながらも、どこへ向かえばよいのか分からずに迷っている多くの人々を救うことができるという喜びが待っているのです。そうした人々にこそ霊的真理と霊的摂理をお届けするのです。内部に宿る霊的資質に気づかせ、自分たち自身も大霊であるということを理解させてあげるのです。それによって彼らは、激怒し復讐心に燃える神の前にひれ伏すような卑屈な信仰を捨て去るようになります。」(教え上)

 *これらの掲載にはスピリチュアリズム普及会の許可を得ています。