『シルバーバーチの霊訓』に学び価値ある人生を歩む

このブログは「東京スピリチュアリズムサークル」の読書会に毎月参加して、そこでの学習内容をアップしたものです

宗教の観点から見たスピリチュアリズムの全体像

(*2018年5月読書会の学習内容です)
スピリチュアリズムは「霊界主導の人類史上最大の宗教革命」「霊的真理による地球上最大の宗教革命」です。霊的真理の普及によって、地上のすべての宗教を、霊界の宗教に置き換えようとする宗教の大革命のことです。霊的真理を知らない地上の宗教は全て失格です。人間の魂を間違った教義でがんじがらめにして、人間の目的である霊的成長を妨害し、地上人生を無駄なものにしてしまいます。また組織エゴによる宗教戦争やテロなど、地上に悲劇をもたらしています。地上の宗教は人類にとって害以外の何ものでもなく、存在しない方がよいのです。

スピリチュアリズムの目指す世界は「霊的同胞世界」「正しい宗教の確立」です。霊界ではすべての霊が「唯一・共通の宗教」を信じています。信仰対象は大霊である「神」と神が造った「摂理」であり、すべての霊が神の摂理による支配を認識しています。摂理にそう生き方が常識であり、絶対忠誠を捧げるべきは「神」と「摂理」であることが当たり前となっています。摂理に一致した生き方は、そのまま信仰実践となり、霊的成長していくことになります。霊界人はすべて「大霊」の深い信仰者であり、感謝と祈りを捧げるのが日常です。スピリチュアリズムは地上の宗教とはあらゆる面で正反対であり、超宗教と言えます。
    真の宗教=霊界の宗教=スピリチュアリズム(超宗教)

霊的真理の普及にともない、地上の間違った宗教は消滅していきます。スピリチュアリズム(霊界における唯一の宗教)が地上に確立するには、長い期間(数百年~千年)がかかります。スピリチュアリズムによる宗教革命の成功はすでに確定していますが、革命が完全に達成されるまでは悲劇・不幸・苦しみが続くことになります。今までもたくさん改革がありましたが、その度人間の手あかで汚されてきました。スピリチュアリズムは今始まったばかりです。一瞬で変わるものに本物はありません。

スピリチュアリストは犠牲を強いられる覚悟が必要です。革命が早まるも遅れるもスピリチュアリストによります。高級霊と苦労を共にし、道具としての責任を果たす義務があります。スピリチュアリストは70数億の霊的革命の先頭に立ち、道を踏み固めていく必要があります。そして「霊的真理」を武器にし、バックに高級霊団の支援・守護を得て、前進しなければなりません。スピリチュアリズムの目指す最終目的は地上を霊界の宗教に変え、霊的同胞世界・霊的一大家族・地上の天国化の実現です。

真の宗教(正しい宗教)の定義は、信仰対象が「神」と「神の摂理」であることです。他のどの人間も、リーダーも、教祖や教義も、動物や自然界のどれをも信仰対象とするのは間違いです。イエスは信仰対象ではなく、地上人の良き手本とすべきです。摂理に一致した生き方(摂理にそった日常生活での実践)とは、「霊主肉従の努力」「利他愛の実践」「苦しみの甘受」です。間違った理解では組織や形式・布教活動・施設等ができてきます。真の宗教(スピリチュアリズム)では、小さなグループやサークルにて学びの場を得ることになります。自らの努力によって自分自身を救う、自力救済的生き方が正しいと言えます。一人一人の霊的成長と、霊的同胞世界の確立を目的とした生き方をし、それが全人類に拡大していくべきです。  (以上が学習内容です)                 

宗教は太古の昔、アニミズムとして存在しました。今ではキリスト教イスラム教・仏教を代表として多くの宗教と宗派があります。しかし依然として戦争や飢餓・環境破壊・動物虐待といった悪幣はなくなりません。文明が高度になるごとに違った形での凶悪犯罪が増え、心の休まることがありません。その現状を見ますと学校教育・宗教の役割は何だろうと思います。霊界の霊は、‶地上は地獄のようだ″と言います。

スピリチュアリズムは「霊的真理」によって‶霊的無知を霊的知に変える宗教革命″です。地上の人間が作った宗教ではなく、「神」と「神の摂理」を信仰対象とする霊界の宗教です。間違いだらけの地上の教義を一掃し、‶利他愛″一色の「霊界の宗教」に取って替える‶宗教革命″なのです。数百年後、人類はやっと「霊的真理」を土台とした道徳教育を、宗教や学校・親から伝授されることと思います。それは、これまでの血で血を洗うような革命ではなく、「霊的真理」の普及により、長い時をかけてゆっくりと確実に進行することでしょう。

——シルバーバーチの言葉——
「私たちはあなた方に、いかなる教義も儀式も作法も要求しません。ただひたすら、大霊の愛がその子供たちを通して顕現するように努力しているだけなのです。そのためには、いかなる書物にも、いかなるドグマ(教義)にも縛られてはいけません。いかなるリーダーにも、いかなる権威にも、いかなる学識にも、また崇敬の対象とされるいかなる聖遺物にも縛られてはいけません。あなた方はひたすら、大霊の摂理に従うようにしてください。大霊の摂理こそが宇宙で最も偉大なものであり、唯一最高の権威あるものなのです。」(教え上)

「宗教の教義(信条)による束縛は、地上界の悲劇の一つです。それは重い疫病よりも悪質で、肉体の病気の苦しみよりも、はるかに酷い苦痛をもたらします。なぜならそれは「魂の病」を生み出し、霊に目隠しをしてしまうからです。」(教え上)

「教義は必ず魂の足かせになるということを忘れないでください。教義を重んじることで立派になれるのではありません。教義を無視しても立派になれるのです。キリスト教では教義の名のもとに、殺し合いと火刑を行ってきました。魂を縛るもの、魂を閉じ込めるもの、魂の自由な顕現を妨げるものは排除しなくてはなりません。」(教え上)

「しかし間違いなく言えることは、新しい世界の種子がすでに地上界に根付いているということです。既得権力の座に安住している者たちがいかなる策を弄しても、それは功を奏さないでしょう。」(教え上)

*詳しくはスピリチュアリズム普及会ホームページをご覧ください。また、東京スピリチュアリズムサークルでは読書会を開催しています。
*なおこれらの引用にあたってはスピリチュアリズム普及会の許可を得ています。

救済の観点から見たスピリチュアリズムの全体像

(*この項目は2018・4・14東京スピリチュアリズムサークル読書会にての学習内容です)
スピリチュアリズム運動とは、霊界主導の地球人類救済計画(スピリチュアリズムの定義)のことを言います。地球人類が悲劇の中で苦しみ、不幸に喘いでいるのを見かねて、人類救済の目的でスピリチュアリズム運動が興されました。救済の方法は「霊的真理」を地上に降ろし、‶人類がその「霊的真理」にそって生きることで人類を救う″というものです。従来の宗教は霊的に無知であり、間違いだらけの教義では人類は救われません。地上のすべての宗教はその意味で失格と言えます。スピリチュアリズムの主役は、高級霊団でありその中心が、かのナザレのイエスです。地上の人間は霊界の道具であり、シルバーバーチは‶地上の道具がなくては何もなし得ない″と語っています。

<地上を覆っている6つの悲劇>
① 戦争・紛争——無理やり肉体から切り離され、霊的成長のチャンスを失わせる。生きる希望を失わせます。霊的観点から最大の悲劇と言えます。
② 貧困・飢餓——生き延びるだけで精一杯であり、戦争と同じく霊的成長のチャンスを失うことになります。
③ 間違った宗教による霊的牢獄化——間違った教えに魂ががんじがらめになり、同じく霊的成長のチャンスを失います。
④ 精神の堕落・退廃——戦争の無い国は精神的地獄であり、何のために生きているのか分からない状態になっています。精神は人間の本質(魂)に関わることであり、肉体の衰弱より重大です。
⑤ 動物虐待・環境破壊——人間には霊的に低い動物・植物を可愛がり指導する義務があります。環境破壊により人間が住めなくなり、命にかかわる災害・天候不順による作物の不作などに陥ります。
⑥ 霊界下層の地獄化——霊的成長できずに他界した地縛霊が、霊界下層にて地上に悪影響を及ぼします。

全ての悲劇の原因を突き詰めると、たった一つの「霊的無知」という原因にたどりつきます。地上はモノやお金だけに価値があるという唯物主義に支配され、そこから物質的価値観・物質的幸福感が発生します。人々はこの世だけしかないと思うと、できるだけ楽しまなければ損と思います。死は最大の恐怖であり、限られた人生を、本能的快楽を追求して生きるようになります。そこからモノやお金を奪い合い、自分さえ幸せであればよいという「物質中心主義・利己主義」が人間の心を支配します。それがさまざまな悲劇をもたらし、地上は地獄化し、暗黒の世界となります。

人類救済のためには「霊的真理・霊的知識」が必須であり、それがなければ人類救済という大計画は果たせないことになります。霊的真理にそって生きることで霊的価値観・霊的幸福感を実感し、「霊中心主義・利他主義」が人類の心を支配するようになります。死ねば物質的な物には一切の価値がなくなり、唯一霊界に持っていけるのは、決して奪われることのない霊的成長という最大の宝物です。地上人生は霊界へ行くための準備の場所です。人間は死によって少しも変わりません。性格も考え方も霊性も地上にいた時のそのままをたずさえて霊界にいきます。地上にいるうちに「霊的真理」にそった正しい生き方をすることによって霊的成長を果たし、その成長度に見合った霊界層に行くことになります。

「霊中心主義・利他主義」が地球規模で広がることで地上天国化(霊的同胞世界)が実現し、個人の救済ばかりでなく、地球規模での人類救済大計画が成就することになります。それがスピリチュアリズムの最終目的です。地上で「霊中心主義・利他主義」で生きるには厳しい奮闘努力が必要とされますが、自分で自分を救う(自力救済)というのが摂理なのです。自力救済のプロセスは人間の霊的成長のための正しい生き方であり、神の願う「霊的人生」を歩むことです。霊的人生は「霊的真理」を受け入れるところから始まります。

<自力救済のプロセス>
① 霊的真理の正しい理解——一部分・自己流の理解は価値がないばかりでなく弊害を引き起こします。真理の重要な知識を関連づけて全体を正しく把握(真理の体系的理解)し、そして何を実践するのかの内容を正しく理解します。
② 霊的真理の正しい実践——霊的成長のための実践内容「霊主肉従の努力」「利他愛の実践(周りの人や動植物)」「利他愛の実践(真理の伝道)」「苦しみの甘受」、これらの実践によって霊中心主義・利他主義が実現します。
③ 神と摂理への絶対信頼——正しい信仰心に至ることで自力救済が果たせます。その自力救済こそが霊的成長することなのです。

霊界では地上人類のため大軍団が組織され、大変な困難・犠牲のもと人類の指針とすべき「霊的真理・霊的知識」を降ろしてくださいました。あとはそれを受け取った地上人にかかっています。霊的真理に価値を見い出せるのはそれなりの霊性に至った人間に限ります。そしてそういう人間はほんのわずかなスピリチュアリストだけです。霊的に目覚めたスピリチュアリストは、道具として生きることが最も価値ある生き方であることを認識しています。

——シルバーバーチの言葉——
——今日の地上世界で要請されている最も急を要する改革は何だとお考えでしょうか。
「これは難問ですね。と言いますのは、いま地上全体には、改善が叫び求められている不公正、矯正が叫び求められている間違い等々、どこから手を付けたらよいか分からないほど沢山の、悪疫ともいうべき文明の汚点が存在するからです。しかし、その中でも一ばん急を要する改善は、わたしに言わせれば、数え切れないほどの人間を苦しめている無くもがなの貧困、悲惨、窮乏です。全体としては十分なものが用意されているのに、物的生活の基本的必需品にも事欠く人がいるということは間違ったことです。有り余るほど持っている者と不足している人たちとの間の格差を修正すること、これこそが現在の地上の焦眉の急です。内部の神性を発揮しようにも、肝心の身体が惨めなほど疲弊し衰弱している魂に対して、いったい自我の発見などということが説けるでしょうか。私たちは決して人間の身体上の必需品について無関心でいるわけではありません。身体と精神と霊とが自然の状態で生活する上で、‶本当に大切なもの″を見い出すことができるような、そういう生活環境を築くことこそ私たちに課せられた使命なのです。」(霊性進化の道しるべ)

「これまで私たちが成し遂げてきたものは、これから成就可能なことに比べれば、ほんのささやかなものでしかありません。大霊の働きに‶限界″というものはないのです。地上の道具(霊媒)が私たち霊界の者に正しい通路を準備してくれるならば、地上界へ届けられる叡知にも、インスピレーションにも、霊的真理にも、限りはありません。地上界を満たすべく用意されている強大な霊力にも制限というものはないのです。」(教え上)

「いつの日か、地上のすべての人種が差別なく混じり合うようになるでしょう。どの人種にも、果たすべき役割があるからです。それぞれが人類に役立つものを持っているために、全ての人々が混じり合うようになるのです。霊眼を持って見れば、すべての人々がそれぞれの人種の長所と、独自の文化と、独自の知恵を持ち寄って調和のとれた生活を送るようになる日が、しだいに近づきつつあることが分かります。」(教え上)

「私たちは、何ひとつ見返りを求めてはいません。栄誉を欲しているわけではありません。ただ、皆さん方のお役に立ちたいと思っているだけです。忘れられてしまった霊的真理を改めて啓示し、それによって地上の人間が物質界にも存在する霊力を再発見し、新たな希望と新たな生命を呼び覚ますことになればと願っているのです。」(教え上)

*詳しい内容を知りたい方は、スピリチュアリズム普及会のホームページをお読みください。
*なおこれらの引用にあたってはスピリチュアリズム普及会の許可を得ています。

摂理観(霊的成長に関する摂理)

霊界・宇宙・万物のマクロからミクロに至るあらゆる存在物が「神の摂理(法則)」の間接支配のもとに置かれています。摂理を理解することは「真実の神の姿を知る(認識する)」ことになるのです。「神の摂理(法則)」は永遠・不変であり、これから何万年・何十万年後も変わりません。また遠い将来において新たに摂理が付け加わることもありません。全知全能の神によって造られ、ありとあらゆる状況に完全に適応できるように造られているからです。

神が造った「摂理(法則)」にはさまざまな次元のものがあります。無数ともいえる摂理の一つ一つは合目的性をもち、常に機械的正確さをもって働き、それらのすべての摂理を支配するより大きな摂理(神の叡智としか言いようのない)のシステムの中に置かれ、秩序と調和をつくり出すようになっています。人間を支配している摂理もさまざまで重複・重層構造をなし、それらが表になり裏になりさまざまに絡み合って機能するようになっています。

人間に関する摂理には、「創造に関する摂理」があり、「存在させる摂理」があり、「霊的成長のための摂理」等、さまざまあります。ここでは「霊的成長のための摂理」を掲載します。「摂理」は人間の霊的成長を願う‶神の愛″から造られました。摂理にそって生きることで人間の霊性は磨かれ向上し、一歩ずつ神に近づいてまいります。ですが最終的に神との融合はありません。人間はどこまで行っても永遠の進化向上の道を歩むことになります。

<人間の霊的成長に関する摂理>
① 「永遠の霊的進化の法則」——‶神の分霊″を宿した人間は地上に誕生した時から個的存在となり、永遠に進化向上の道を歩みます。地上人生だけでなく死後霊界に行ってからも、終わりのない進化のプロセスをたどります。シルバーバーチの言葉に「進化が永遠に続くという、なぜそういうおしまいのない計画を大霊(神)がお立てになったのか、そこのところが分かりません。いろいろと私なりに考え、また助言も得ておりますが、正直言って、これまで得たかぎりの解答には得心がいかずにおります。」とあります。「永遠の霊的進化」という法則については、シルバーバーチのような高級霊でさえ理解できないほどの深い謎であるということです。しかし摂理は「神の愛」の反映であり、それに従えば従うほど人間にとっていっそう幸福が得られるようになります。
② 「霊優位(霊主肉従)の法則」——地上人は肉体に包まれて物質世界に住んでいるため、自動的に物質中心の状態に陥ってしまいます。単なる肉の塊、動物と大差のない本能の奴隷・物質的欲望の家来となり、霊的存在としての最低ラインにも至っていないのが実情です。意識的に霊的要素を心の中心に据えようとしないなら、霊的成長は望めません。これが、「霊優位(霊主肉従)の法則」です。最小限の物質で満足し、本能的欲望に流されない生き方・本能の奴隷にならない生き方をするということです。質素で無欲の清らかな毎日を送るということです。この法則は物質界だけに適応されます。
③ 「利他性(利他愛)の法則」——利他性を発揮する努力によって人間は、霊界・宇宙と一体化し調和状態に置かれます。人間の霊的成長の度合いは、この利他性をどのくらい多く体得しているか、ということで決定されます。心が「霊主肉従」であってこそ、純粋な利他愛を持つことができます。霊主肉従は地上人が利他愛を持つための‶前提条件″となります。
④ 「自由意志の法則」——人間の霊的進化は「霊主肉従(霊優位)の努力」と「利他愛の実践」を通じて達成されます。人間は、自ら霊的成長のための道を選択することも、反対に霊的成長に反する道を選択することもできます。これを霊的成長に関する「自由意志の法則」と呼びます。神が人間だけに自由意志という特権を与えていると言っても、それはどこまでも摂理の一定の制限(枠)内に置いての自由であるということです。この枠から外れようとすると、摂理によって苦しみ・痛みという警告が発せられ、歯止めがかけられるようになります。あくまでも「制限つきの自由」であるということです。
⑤ 「因果(カルマ)の法則」——神が造られた霊界と宇宙は、因果関係という神の定めた法則によって支配されています。この「因果の法則」の外に出られるものはありません。マクロの宇宙全体の運行も、ミクロの物質世界の運行も、すべてが因果の法則のもとに置かれています。地上人が摂理に合った歩みをすれば、それが「善い原因」となって「善い結果(霊的成長)」がもたらされ、反対に「悪い原因(肉主霊従と利己的行為)」をつくれば「悪い結果(霊的成長のストップと霊的苦しみ)」がもたらされるようになります。これが「因果の法則(カルマの法則)」です。
⑥ 「自己責任(自業自得)の法則」——「因果の法則」に基づく悪い結果は、すべて本人の責任であり、そのツケ(悪い結果)は本人自身が負わなければならない。これが「自己責任の法則」です。今直面している苦しみは、これまでの人生で自らがつくった悪い原因が結果となって現れたものです。その意味で、あらゆる苦しみは‶自業自得″ということになります。生まれつきの心身の障害・ハンディキャップも、そのほとんどが前世におけるカルマが原因となっています。
⑦ 「償い(苦しみによるカルマ清算)の法則」——摂理に背いた結果は‶苦しみ″として自分自身に返ってきます。実はその苦しみは、罪の償い・罪の清算プロセスとなっています。人間はかつて自分が犯した「摂理違反(肉主霊従・利己的行為)」を、それに等しい苦しみをもって償うようになっています。これが「償い(苦しみによるカルマ清算)の法則」です。苦しみの体験を通して罪が償われると人生がリセットされ、霊的成長に向けて再出発できるようになります。
⑧ 「自己犠牲の法則(代価の法則)」——人間の霊的成長は、霊主肉従と利他愛という摂理に一致した実践によってなされます。その際「自己犠牲」が大きければ大きいほど、結果的に大きな霊的成長がもたらされるようになります。正しい目的のために自分を犠牲にすれば、より多くの霊的宝を手にすることができます。どこまでも「摂理にそって犠牲を払う」ということが肝心なのです。
⑨ 「苦難の法則(光と陰の対照の法則)」——人間は「霊主肉従の努力」と「利他愛の実践」を通して霊的成長がもたらされますが、その際、実践にともなう困難・苦難を克服すればするほど、霊的成長が早く促されることになります。これが「苦難の法則」です。神は地上世界を、光と陰の対照的な体験を通じて霊的成長を達成する厳しい訓練場として創造されました。地上人はその体験によって霊的視野を広げ、魂を磨くことができるようになります。両極の体験によって霊的成長が促されるのです。これを「光と陰の対照の法則」と言い、「苦難の法則」を別の角度から言い表したものです。
⑩ 摂理全体のまとめ——これまでのいくつもの法則は複雑に絡み合い、組み合わさって運行されていきます。一つの法則に別の法則が加わって展開したり、大きな摂理の中に小さな摂理が含まれる形で進展していきます。こうして多次元的な摂理と摂理の関係が成立します。

以上で摂理についてのテーマを終わります。最後にシルバーバーチの言葉を掲載します。なおこれらの引用にあたっては、スピリチュアリズム普及会さんの許可を得ています。

「私が摂理の存在を口にする時、たった一つの摂理のことを言っているのではありません。宇宙のあらゆる自然法則を包含した摂理のことを言います。それが完璧な型(パターン)にはめられております。ただし、法則の裏にはまた別の次元の法則があるというふうに、幾重にも重なっております。」(シルバーバーチ

「摂理の裏側に別の次元の摂理があります。大自然の成育、国家ならびに民族の進化をつかさどる摂理とともに、一人一人の人間を支配している摂理があります。これらが裏になり表になりながら働いているのです。無限の叡知というカギを手にしないかぎり、その全体に完全な調和が行き渡っていることを悟ることはできません。が、間違いなく調和が行き渡っているのです。」(シルバーバーチ

「神を人間の都合の良い方向へ向けさせようとしても無駄です。神の摂理は、計画通りに絶え間なく作用しています。賢明なる人間——叡智を身につけたという意味で賢明な人間は、摂理に文句を言う前に、自分から神の無限の愛と叡智に合わせていくようになります。」(シルバーバーチ

「いくら誠心誠意の祈りであっても、それだけで摂理が変えられるものではありません。いかなる教義を忠実に受け入れても、摂理を変えることはできません。」(シルバーバーチ

 

摂理観(さまざまな摂理と特徴)

神は摂理を造り、摂理を通して被造世界(霊界・物質界)と被造物(全存在物・全生命体)の存在を支配し、維持・管理しています。摂理は不変であり、人間の感情が入り込む余地も、例外も一切なく、永遠に存在し続けます。永遠の霊的真理とは、神が造った摂理のことを言います。摂理の完璧性は、神の完全性と全知全能性の反映であり、人間はその摂理を通して神を知ることになります。それが「摂理としての神」であり、シルバーバーチの神観の最大の特徴となっています。

神と人間は、摂理を介した間接的な関係であり、これがシルバーバーチによって知ることになった画期的事実です。人間サイドから見ると神は常に「摂理」として現れ、それが人間を機械的に支配する‶冷たい神″として映ることになります。しかし冷たい摂理の背後には、人間の霊的成長を願う神の愛が存在しています。神はご自分の造られた摂理を通して被造世界・被造物のすべてを把握しているため、誰一人として神の認識から外れたり、忘れ去られることはありません。神と人間の正しい関係(間接的関係)を理解して初めて、正しい信仰をなすことができます。

「摂理としての神」とは「大霊としての神(遍在する神)」のことであり、神の摂理による支配と影響力は、霊界・宇宙とそこに住むすべての意識体(宇宙人も)・生命体に及んでいます。「摂理としての神」は「大霊としての神(遍在する神)」と表裏一体と言えます。神の造った摂理(法則)には、さまざまな次元のものがあります。人間を支配している摂理もさまざまで、それらが重複・重層構造をなし、絡み合って存在しています。大枠となる一つの大きな摂理の内側に別の摂理があり、全体として大きな摂理を形成しているのです。

<人間を創造し、存在させる摂理・法則>

    ・物質的法則(物質次元の摂理)
 ・生命法則(生命体・生物を支配する摂理)
 ・サイキック法則(サイキックレベルを支配する摂理)
 ・精神的法則(精神的レベルを支配する摂理)
 ・霊的法則(霊的レベルを支配する摂理)

「摂理」とは、神が人間を幸せにするために設けた仕組みであり、それに一致した生き方をすることで調和状態に置かれ、最高レベルの幸福感が得られることになります。人間の幸・不幸は摂理に一致するかしないかで決定するのです。摂理と人間の幸福は、表裏一体の関係にあります。つまり、「摂理(真理)とは何か」を知らずに、摂理に一致した生き方はできないことになります。

神の摂理にそうための忠実な努力が「正しい信仰」です。人間の幸せを願う神の配慮から定められた摂理を無視しては、幸せは得られません。「正しい信仰」とは摂理に自分を合わせていく努力(自力信仰)をすることであり、それによって霊的成長が達成されるようになっています。従来の宗教「神にすがれば、神が救ってくれる」という他力信仰は間違っています。

又、摂理による支配を踏まえた上での神への語りかけが「正しい祈り」です。「祈り」とは、神に語りかけるという、人間にとって重要な信仰的行為であり、重要な霊的実践内容です。摂理にそっていない祈りは、どれほど真剣であっても意味のない行為です。自分自身の願い事を訴えることは、正しい祈りではありません。従来の宗教の願い事信仰・ご利益信仰の原因は、「摂理」に対する霊的無知によるものです。

シルバーバーチの言葉を掲載して終わります。なおこれらの引用にあたっては、スピリチュアリズム普及会さんの許可を得ています。

「物的世界は、他のすべての世界と同じく、絶対不変の摂理によって支配されております。その摂理は無限の過去から存在していましたし、これからも無窮の未来まで存在し続けます。予期しなかった事情が生じて改めざるを得なくなることはありません。これまでの摂理では間に合わない新たな事態が生じるということも絶対ありません。その作用は完璧であり、停止することも、無効になることもありません。無限の知性によって考案されたものだからです。」(シルバーバーチ
「すべての人間、すべての事柄が自然の摂理によって規制されております。それには手落ちというものがなく、数学的正確さをもって働き、絶対に間違いを犯しません。宇宙間のありとあらゆる存在がその中に包摂されていますから、何一つ、誰一人として排除されたり忘れ去られたり無視されたりすることがないのです。壮大なものから微細なものに至るまで、単純なものから複雑なものに至るまで、あらゆる存在を自然の摂理が支配し支え規制しているのです。」(シルバーバーチ
「宇宙は、誤ることのない叡智と慈悲深い目的をもった法則によって統括されています。その証拠に、あらゆる生命が暗黒から光明へ、低きものから高きものへ、不完全から完全へ向けて進化していることは、間違いない事実です。このことは、慈悲の要素が摂理の中に配剤されていることを意味します。ただ、その慈悲性に富む摂理にも機械性があることを忘れてはなりません。」(シルバーバーチ
「今あなたは神を大自然の法則と同一視しているとおっしゃいました。しかし神は大自然の法則よりもっと大きい存在です。なぜなら、その法則を支配しているのが神だからです。」(シルバーバーチ
「大霊による直接の関与などというものは絶対にありません。」(シルバーバーチ
「地上界のすべて、霊界のすべて、宇宙のすべて、そしてまだあなた方に知らされていない世界のすべてが、大霊の法則の絶対的な支配の中にあるのです。その法則から離れては何ひとつ生じません。すべてが法則の範囲内で発生していますから、大霊はすべてを知っていることになります。」(シルバーバーチ
「私が摂理の存在を口にする時、たった一つの摂理のことを言っているのではありません。宇宙のあらゆる自然法則を包含した摂理のことを言います。それが完璧な型(パターン)にはめられております。ただし、法則の裏側にはまた別の次元の法則があるというふうに、幾重にも重なっております。」(シルバーバーチ
「摂理の裏側に別の次元の摂理があります。大自然の育成、国家ならびに民族の進化につかさどる摂理とともに、一人一人の人間を支配している摂理があります。これらが裏になり表になりながら働いているのです。無限の叡智というカギを手にしないかぎり、その全体に完全な調和が行き渡っていることを悟ることはできません。が、間違いなく調和が行き渡っているのです。」(シルバーバーチ
「神(大霊)の摂理はそのようにして働くのです。摂理に順応した生活を送っていれば、望み通りの結果が生じるようになっています。結果が出ないということは、摂理に一致した生き方をしていないことを示しています。」(シルバーバーチ
「神を人間の都合の良い方向へ向けさせようとしても無駄です。神の摂理は、計画通りに絶え間なく作用しています。賢明なる人間——叡智を身につけたという意味で賢明な人間は、摂理に文句を言う前に、自分から神の無限の愛と叡智に合わせていくようになります。」(シルバーバーチ
「いくら誠心誠意の祈りであっても、それだけで摂理が変えられるものではありません。いかなる教義を忠実に受け入れても、摂理を変えることはできません。」(シルバーバーチ

神について(神観)

肉体をまとい霊的感性が鈍くなっている地上人は、霊的世界のごく一部を知ることしかできません。地上の大霊能者・大霊覚者といえども、神認識能力は赤ちゃんのレベルと言えます。実は神に対する認識は、霊界の様子を知ることよりも、さらに次元の高いことなのです。高級霊からの霊界通信によって、私たちは神について、霊界について多くの知識を手にすることができました。

霊界の住人は‶霊的直感″において神を実感的に認識しているため、「神観(神の理解)」は常に統一されています。スピリチュアリズムの神観とは、霊界人に共有され、全ての霊たちにとって常識となっている神の共通見解・共通理解に他なりません。地球人類はスピリチュアリズムによって霊界人と共通の神認識を持ち、共通の神信仰へと踏み出すことになったのです。遠い将来、地球人類の霊性が今よりずっと進化した時には、人類はさらに多くの神についての霊的知識を得ることになります。

シルバーバーチの神観のポイント(神の定義)>
① 創造主としての神——神は霊界と宇宙、そこに存在する全ての生命体・存在物を創造しました。神は人間に自分の本質である霊を分け与え、人間を独立・個別化されました。分霊化された人間は神を「霊的親」とし、全ての人間は同じ神の霊的子供・霊的家族となりました。人間には「神の分霊(ミニチュアの神)」が内在しており、これが人間の本体であり人間は永遠に存在し神に近づく歩みをしていきます。人間の肉体能力や心の要素(知・情・意)のすべては元々神の内に存在していたものです。人間は未熟な形から出発し、霊的成長によって進化向上していくことになります。
② 大霊としての神——神は無形であり無限の存在であり、あらゆる区別・形式・概念を超越していて、すべてにあまねく偏在しています。神は霊界・宇宙のすべてを包み込むような広がりを持った大きな心のような存在、大きな意識体と言えます。神と無関係な存在は一つもありません。したがって、神から誰一人として切り離されることはありません。
③ 愛の始源としての神・究極の愛としての神——神は人間にとって「霊的親」であり、神と人間は「愛」によって結ばれています。人間同士を結び付けるのも神の愛によります。全人類は神を共通の親とする「霊的一大家族」です。神は被造世界と被造物を支配し維持するために「摂理」を設け、その「摂理」の背後には神の愛が控えています。‶愛″こそが根源的であり、愛があればこそ法則が機能するようになっています。
④ 摂理(法則)としての神——人間から見ると神は冷たい「摂理」として映りますが、人間は摂理に従い添って生きることで真の幸福に至ることができます。すべての人間が完全平等・完全公平に扱われ、例外というものはありません。従来の宗教の教えのように、人間中心の要求や願いが聞き届けられることはありません。神の完全性と偉大さは、摂理(法則)の完璧性を通して知ることができます。人間は摂理を通じて神と間接的に関係を持ち、人間サイドから見るなら「神は常に摂理として現れる」ということになります。従来の宗教の最大の欠点が「摂理」についての無知です。
⑤ 究極の理想・目標としての神——人間は永遠の霊的成長の道をたどりますが、それは終わりのない神への接近のプロセスです。人間は「利他愛の実践」を通して神を愛することになり、内部の「神性(霊性)」を拡大させ、神との愛を深めていくことになります。しかしどこまで行っても神と人間が融合することはありません。人間にとって神は、永遠に目指し続ける「究極の目標」であり「理想」です。

*真実の神とは①~⑤を合わせて一つにした大きな存在と言えます。この5つの定義の中で④の「摂理の神」がシルバーバーチの神観の最大の特徴であり最重要項目となっています。

次回は「摂理」についてお送りします。最後にシルバーバーチの言葉を掲載して終わります。なおこれらの引用にあたっては、スピリチュアリズム普及会さんの許可を得ています。

「神は人間を霊的にご自分に似せて創造されたのです。生命は霊であり、霊は生命です。霊的に似せて創造された以上、あなたは永遠に神とつながっており、神性を共有しているのです。ということは、必然的に人間は霊的大家族の一員であることになります。同じ神性が宿っているからです。ですから人間は、霊的に神に似ているのであり、姿が似ているというのではありません。」(シルバーバーチ
「神は万物の内側にも外側にも存在しています。神から離れては誰一人存在できません。神から切り離されるということはあり得ないのです。あなたの中にも存在しますし、雨にも太陽にも花にも野菜にも動物にも、その他いかに小さなものでも、存在を有するかぎりは、すべてのものに宿っているのです。私が大霊と呼んでいるこの神の概念を伝えるのは至難の業です。あらゆるものを支配し、あらゆるものから離れず、存在するものすべてに内在している崇高な力です。」(シルバーバーチ
「宇宙に存在を与えたのは神の愛です。宇宙が存在し続けるのも神の愛があればこそです。全宇宙を経綸し全存在を支配しているのも神の愛です。その愛の波長に触れた者が自分の愛する者だけでなく、血縁によって結ばれていない赤の他人へも手を差し伸べんとする同胞愛に燃えます。愛は自分より不幸な者へ向けて自然に手を差し伸べさせるものです。全生命の極致であり、全生命の基本であり、全生命の根源であるところの愛は、よりいっそうの表現を求めて人間一人ひとりを通して地上に流れ込みます。そして、いつの日か、全宇宙が神の愛によって温かく包まれることになるでしょう。」(シルバーバーチ
「物的世界は、他のすべての世界と同じく、絶対不変の摂理によって支配されております。その摂理は無限の過去から存在していましたし、これからも無窮の未来まで存在し続けます。予期しなかった事情が生じて改めざるを得なくなることは絶対にありません。その作用は完璧であり、停止することも、無効になることもありません。無限の知性によって考案されたものだからです。」(シルバーバーチ
「宇宙は、誤ることのない叡智と慈悲深い目的をもった法則によって統括されています。その証拠に、あらゆる生命が暗黒から光明へ、低きものから高きものへ、不完全から完全へ向けて進化していることは、間違いない事実です。このことは、慈悲の要素が摂理の中に配剤されていることを意味します。ただ、その慈悲性に富む摂理にも機械性があることを忘れてはなりません。」(シルバーバーチ

インディビジュアリティーとパーソナリティー

前回の再生観の補足をします。シルバーバーチによって明らかにされた再生の真実は「類魂」がキーワードです。これを知らないで再生についての事実は分かりません。霊界では霊的成長レベルが同じ者同士が引き合って、大小さまざまな「霊的グループ(霊的家族)」を形成します。この霊的グループを単位にして共同生活が営まれ、グループ全体で霊的成長を続けていきます。その一つの「霊的グループ」が一つの界層となり、無数にある「霊的グループ」がある分、無数の霊界層が存在することになります。

霊的グループは大小さまざまな複数の人数によって形成されています。その構成メンバーの心が融合して一つの大きな意識体(心・魂)が形成されます。メンバーの共有意識・共有魂を類魂(大きいインディビジュアリティー)と言います。単なるメンバーの心の寄せ集めではなく、それらが融合し一体化したもの、全体意識のことを言います。その中では他人の心を自分の心として共有し、まさに自他が一体化しているのです。それでいて個人としての意識もしっかり保持しています。再生とはこの類魂(大きいインディビジュアリティー)を土台として発生する共同成長のシステムのことを言います。

では一体何が再生するのか?シルバーバーチは「類魂(大きいインディビジュアリティー)」をダイヤモンドにたとえて、それには多くの面(相)があるとしました。その一つの面(共有意識体の一部分)が、一人の再生者の「霊の心(霊的意識・魂)」となって、地上に再生するのです。類魂という大きな意識体(大きいインディビジュアリティー)の分割部分(個のインディビジュアリティー)が「再生の主体」になります。個のインディビジュアリティーの大部分が「潜在意識」となります。そして、その一部が脳を通してにじみ出し、肉体本能と一緒になって顕在意識になります。この「顕在意識」によって形成されるのが「パーソナリティー」という物質的な人物像です。地上人は、このパーソナリティーを「自分」だと自覚することになります。

そうして一人のメンバーが地上人生を終え、死後は、パーソナリティーが大きいインディビジュアリティーの中に溶け込み、肉体の死とともに消滅してしまいます。次の再生時には今とは別の新しい、インディビジュアリティーの一部(個のインディビジュアリティー)が地上に現れ、これが新しい人格・人物像(パーソナリティー)を形成することになります。これを地上人(地上サイド)から見れば、今の自分は死とともに消滅し、再生時には別の人間が現れるということになります。霊的グループのメンバーの地上人生の体験の積み重ねによって、霊的グループは霊界層を進化向上していきます。これが類魂を土台とした再生による霊的向上の実態です。

その霊的グループの中でメンバーより一歩先んじて進歩する者が現れます。するとその者は一段霊性の高い別の霊的グループへと入っていき、新しいメンバーとともに成長を続けていくことになります。再生の問題は多くある霊的知識の中でも特に複雑で理解が困難なテーマです。

最後にシルバーバーチの言葉を掲載して終わります。なおこれらの引用に対しては、スピリチュアリズム普及会さんの許可を得ています。

「あなたはそうした霊的本性に合った世界へ赴くのです。特別の使命がない限り、それよりも低い世界へは行きたいとは思いません。が、それより高い世界へは、行きたくても行けません。その時に発揮しているバイブレーションより高いものは発揮できないからです。そういう次第ですから、結局は霊的成長度と霊的能力において同等の人たちと交わることになるわけです。(中略)すべては霊的成長度によって決まるのです。その点が地上世界とこちらの世界との大きな違いです。今あなたが生活しておられる世界では、精神的にそれぞれに程度が異なる人々が同一平面上で暮らしております。が、こちらへ来ると、同じ程度の人たちと一緒に暮らすことになります。といって、たとえば大音楽家の音楽が聴けなくなるという意味ではありません。生活上で交わる相手が同格の霊性を身につけた者に限られるということです。絶対に誤ることにない霊的親和力の法則によって自然にそう収まるのです。」(シルバーバーチ
「パーソナリティーとインディビジュアリティーの違いを理解しないといけません。パーソナリティーというのは、物的身体を通して顕現した地上だけの人物像です。インディビジュアリティーというのは、魂の全体像です。その全体像を地上での70年や80年、あるいは90年の間に発揮することは到底不可能です。」(シルバーバーチ
「私は再生が事実であることを、いささかの躊躇もなく断言します。ただ私は、すべての人が再生するとは言っておりません。私が言っているのは、人間の個性というのはそれ自体が独立した存在ではなく、大きなダイヤモンドの無数の側面の一つにすぎないこと。その側面が地上へ誕生して体験を積み、それによって得られる霊的成長をダイヤモンドに持ち帰って、一段と光沢と輝きを増すことになるということです。それは、支払うべき霊的借金とでもいうべき宿業(カルマ)を持った人が因果律の働きで戻ってくる場合もありますし、進化した高級霊が特定のグループ、時には特定の国家のために貢献する使命をもって降誕する場合もあります。その霊の持つ資質と才能とがその地域の人たちに必要だからです。」(シルバーバーチ
「こうした問題はすべて、自然法則の働きのよって解決されます。再生すべき人は、自分でそう決心するのです。つまり、意識が拡大し、今度再生したらこれだけの成長が得られるということが分かるようになり、それで再生を決意するのです。再生専門の機関や霊団がいるわけではありません。すべて魂自身が決めるのです。」(シルバーバーチ

再生について(再生観)

●人間観…人生観…死生観…死の直後…幽界…霊界…再生観(人間が今後たどる道筋)

最後のテーマの再生観について学びます。再生の事実は進化した高級霊のみが知ることができ、シルバーバーチの登場によって最奥の真実が明らかになりました。人間は数回の再生を繰り返して学びの足りない分を、人生経験を通して霊的成長し、その後は長い霊界人生を歩みます。数千年後、数万年後には地上人生での体験が必要としなくなる境涯へ入っていきます。

幽界を卒業し霊界に進級すると、霊的成長レベルの同じ者同士が引き合って大小さまざまな「霊的グループ(霊的家族)」を形成し、そのグループを単位にして共同生活が営まれます。そこではお互いの利他愛の実践によって更に共同で霊的成長をしていきます。その霊的グループが一つの霊界の界層になります。霊的グループの中で構成メンバーの心が融合して一つの意識体(心・魂)が形成され、それが「類魂」と言われるものです。(*シルバーバーチは「類魂」をダイヤモンドにたとえて、それには多くの面(相)があるとしました。又これをインディビジュアリティーとも言います)集合化した霊的意識・共有意識・意識の一体化・個人の意識は全体の意識・個としての私は大きな私・・・というような状態になります。そして全体が融合していても個の意識もしっかり残っている状態です。

「類魂」のメンバーは自分と他人が一体化したような体験の中で、他人の心を自分の心として共有することになり、まさに自他が一体化しているのです。「再生」とはこの「類魂」を土台にして発生する共同成長のシステムなのです。「類魂」という大きな共有意識体の一部分(分割部分)が、一人の再生者の「霊の心(霊的意識・魂)」になって地上に再生します。再生の目的には、「類魂全体の霊的進化」と「個人のカルマの清算」という二つの主な目的があります。「人類救済の使命」を入れると三つになります。

<再生の目的>
●類魂全体の霊的進化——類魂のメンバーの一人が地上に再生し、そこでの体験を類魂   に持ち帰ることで、類魂全体の進化が促されます。次の再生時には別のメンバーが入れ替わり、別の地上体験を持ち帰ります。それを繰り返し、結果的に多くの種類の体験を 積むことで類魂全体が進化向上していきます。
●個人のカルマの清算——類魂のメンバーにかつて地上時代に犯した罪(摂理違反・カ ルマ)が清算されずに残っている場合、苦しみを通してその罪を償い消滅させ、霊的成長の足かせを取り除くことが必要となります。このために新たな地上体験(再生)を求めるようになるのです。指導霊に再生を願い出て許可されると、本人にとって最もふさわしい環境(人種・民族・国・社会・時代・性別・親など)を選択し、選ばれた親の元に子供として誕生することになります。そしてカルマを清算する人生が展開(苦しみの体験)し、死を迎えて、再び霊界の類魂のもとに合流することになります。
●人類救済の使命——人類救済の使命を受けて人生を懸けて働く場合があります。

*霊的なことを物質界の言葉で説明するのは極めて困難を要します。霊界と地上界では霊質と物質の大きな違いがあり、霊的なことを言語で表現できないのです。

地上への再生人生は物質中心主義・利己主義の支配する厳しい環境です。しかし物質世界でしか得られない体験による試練は、これから永遠にたどる人生の基本となる霊格形成に絶対必要です。生活に「霊的真理」を指針として営むことで霊的成長が可能となります。霊的真理を手にした者は真の幸福に至るレールに乗ったと言えます。とは言っても未熟な人間は、カルマ清算すると同時に新しいカルマもつくり続けていると言われています。進化向上には遅々とした歩みで、確実な進歩が要求されます。霊的なものこそ物質的宝を失った後も永遠に自分のものとすることができ、自分の内面を美しく磨くための必須の宝物です。

巷にあふれている宗教的常識には、真実とは遠くかけ離れたものが多く存在します。「今の私がそのまま再生する」も「同じ自分が何度も再生を繰り返す輪廻転生」も間違いです。再生の真実を理解するためには、今自覚している自分(パーソナリティー)と意識の総体(インディビジュアリティー)を知らないといけません。

最後にシルバーバーチの言葉を掲載します。なおこれらの引用にあたっては、スピリチュアリズム普及会さんの許可を得ています。

「私は再生が事実であることを、いささかの躊躇もなく断言します。ただ私は、すべての人が再生するとは言っておりません。私が言っているのは、人間の個性というのはそれ自体が独立した存在ではなく、大きなダイヤモンドの無数の側面の一つにすぎないこと。その側面が地上へ誕生して体験を積み、それによって得られる霊的成長をダイヤモンドに持ち帰って、一段と光沢と輝きを増すことになるということです。
それは、支払うべき霊的借金とでもいうべき宿業(カルマ)を持った人が因果律の働きで戻ってくる場合もありますし、進化した高級霊が特定のグループ、時には特定の国家のために貢献する使命をもって降誕する場合もあります。その霊の持つ資質と才能とがその地域の人たちに必要だからです。」(シルバーバーチ

「霊界には、すでに地上生活を体験した霊が大勢います。その中には、もう一度地上へ戻って果たさねばならない責任、やり直さなければならない用事、達成しなければならない仕事といったものを抱えている者が沢山います。そして、その目的のためのチャンスを与えてくれる最適の身体を求めているのです。」(シルバーバーチ

「この世に再生する前の判断力と、再生してからの肉体器官を通じての判断力とでは大きな差があります。もちろん再生してからの方が肉体器官の機能の限界のために、大きな制限を受けます。しかし、大半の人間は、地上でたどるべき道程について、再生前からあらかじめ承知しています。」(シルバーバーチ

「カルマによる義務の遂行のために戻ってくる人もいれば、自発的に地上での貢献を目的として戻ってくる人もいます。男性として戻ってくるか女性として戻ってくるかは、格別に重大なことではありません。私たちの世界には性差別防止条例はありませんので!霊的進化の程度が唯一の基準です。男性であるか女性であるかは問題ありません。」(シルバーバーチ